徳川期以前より既に其濫觴を為したと言はれて居る売淫帰、即ち私娼は、江戸の初期から発展の跡を、市中随所に止めて居た。売淫の習俗は、遂に延びに延びて津々浦々何処を問はぬ全盛を出現した。此永い間種々なる変遷と発逹とに件はれて、今日に至つたのであるが、是れに依りて時代の隆賛、世相の緩急を窺知し得ると同時に、文化史方面に其資料を提供し、戯作書・洒落本等多くの所産を齎し、人類社会の裏面を描出し、其価値の大量部分をさへ受持つかの有様であつた。
娼家を形成する売笑地区のものを公娼とすれば、私娼は娼家を形成せずして、漂泊的に存在する売笑帰である。而して彼等は公娼の如く、集団的に存在せず、自己の巣区を時に或は一小地区乃至随所に営むもので、自由奔放の境域に置かれ、連絡も自覚も統制も無き、自堕落其ものを極度に発揮して、夜陰各所に出没する通有性の所持者である。従つて之が変遷や発展は、土地の状況に依り、異つた過程に置かれてある事は言ふ迄も無い。
横浜に於ける彼等の世界は、軈て其発祥の軌を江戸に於けるものと同じうするのてあるが、其地自身が持つ環境と習俗とに順応しえ発逹したものであらねばならぬ。従つて横浜は横浜として、其処に異つた過程の下に発芽し、育まれ来つた特異の情相を描き出して居るのてある。