らしやめん生活の内面を描出し、その生活環境を記述し、此間の消息を語つて居る格好の資料を左に引用する。又以て当代世相の一面を覗き得らるゝのである。
凡そ洋妾と為る者は、合(あひ)山(や)家(ど)有つて、之れを媒介し、よしあしに由つて其の価を定め、没(ふ)姿(さ)的(りやう)と雖も、一ケ月の給料十金を下らず。上等嬪に至つては、五十金に上る者有り。而して妾に二様あり。合山家に就て弄する者は、之れを放雇と謂ひ、聘して家に食(やしな)ふ者は之れを常雇と謂ふ。其の価最も貴とし。豪商若くは官傭に属ふる者、之れが為めに千金を吝まず。故に尤物を買ひ得る者亦鮮なからず。然れどもキ(縦線に横三本線)姿綽約、冶容娉なる者に至つては、未だ西人の手に落ちざるなし。蓋し好(よし)標(き)致(りょう)を具ふる者は、内外人の早く已に採び取るを以てなり。想ふに所謂・怪獣的に非らざるもの、除(よ)りは好んで洋妾と為る者有らざるなり。好んで洋妾と為る者は、或は風塵に落つる者に係はり、或は所(をつ)天(と)有る者に係はり、或は又私(し)窠(か)子(し)の伴より出づ。故に少しく姿有りと雖も、其の心は夜叉の如く巧みに妖媚を衒うて髯漢を誑惑し、面皮は鉄の如く羞恥を知らず。是を以て往々葛藤を外媾上に生じ、閨門の紛談、独仏も啻ならず。其の甚しきは妬焔暴発、動もすれば鮮血を流すに至る。凡そ事の外人に係はる者は、嬌柔家と雖も交誼を破り易し。矧んや邦国の同盟をや。所謂万国公法なる者、亦蠻国媾法の如く、未だ以て恃むに足らざる也。
誰か道ふ、洋妾と為つて紅粉料を受くる者は、皆人情を省みずと。何ぞ必ずしも皆然らん哉、淑徳を守り、児子を挙ぐる者亦往々にして有り。人情に至つては彼我同一、豈に厚薄あらんや、某商館主も亦一妾を買うて、以て家事を執らしむるに、其の婦を阿貞と叫び做し、年三旬に近しと雖も、天性温柔、姿色未だ衰へず、洋妾と為つて既に三年、一子を生下す。其の子碧限紅髪、欧洲人種たるを弁ずべしと雖も、面庭娘(は)々(は)に彷彿たり。人呼んで混淆児と曰ふ。然れども其の慧敏は尋常たらず。是を以て娘(は)々(は)愛養太だ厚し。亦以て人情の二無きを知る可き也。此の婦嘗て其家に嫁す。良人游惰にして財産を蕩盡し、婦を棄てゝ亡命す。後遂に破鏡し、証を取つて別離す。婦洋妾と為つて善く淑徳を修む。一日旧夫来つて門を叩く。婦情に於て排郤する能はず。他の一室に延ひて、徐ろに来意を問ふ。夫頻りに窮を説き、救恤を乞はんと要す。婦辞するに忍びず、若干銭を与へて去らしめんと欲す。夫言を設けて百方苦を説き、将に大に貪るところ有らんとす。婦辞するに家法の厳粛にして、意の如くならざるを以てす。夫忽ち暴言を放つて道ふ、咄々汝良人を棄つる歟、婦外聞を畏れ、温言之れを慰す。夫益々暴言を放って去らず。館主聞き得て大に訝り、闖入し、夫に向うて誰何す。婦傍らより説き道ふ、此れは妾が阿兄に係る。飢渇に窮迫して、而して来る。然れども妾救ふに由無し。故に忿気を漏らすのみ。請ふ願くは諒怒せよと。館主頗る慈心あり、便はち数円金を与ふ。夫金を掴み臀に帆して慌忙に去り了す。後、館奴密かに実を以て告ぐ。館主大に怒り、遂に婦を放逐す。此のこと実に横浜に在り。洋妾と為る者は初め夫と謀り、十分財を貪って後ち、夫ををして乱入せしめ、暴を行はしむ。這の婦と反対するもの往々にして鮮からず。亦猶、狡商の悪品を輸出し、其の悪評の正品に波及するが如し。此の憾み亦甚しと言ふべし矣。
(新編東京繁昌記 明治二十二年刊 服部誠一戯著)