港崎廓の景観

一、町名ヲ港崎町ト称ス。(訓読みミヨザキナレドモ、俚言コウザキト云フ。)…廓内各自美ヲ競フ。岩槻ハ岩亀楼、鈴木屋ハ五(い)十(し)鈴(づ)楼卜号シ、宏壮ナル建築ヲ為シ、遊客ニアラザルモノト雖モ、昼間来リテ其結構ヲ縱覽セシト云フ。……廓内ノ整頓セシ通路ハ、太田町五六丁目ノ間ヨリ衣紋坂、是ヨリ幅二間、大門手前二至リテ五間、此左右沼地へ杭ヲ建テ、水面へ貸長屋ヲ建設スルニ、忽チ移住アリテ繁栄ス。(横浜沿革誌)

二、港崎遊女町は市中より南の方にて、波止場よりの見通しなり。衣紋坂見通り柳あり。土手つゞきを俗に吉原道と云ふ。此道筋の繁昌なること、江戸人形町通り浪花順慶町に劣らず。片右の唐物店は旅客の目をやしない、茶屋の掛行燈は月の光をうばふ。大門口を往かふ送りむかひの箱でうちんは、蛍の飛かふより猶しげく、仲の町の桜は艶々として、娼妓に色をあらそふ。すべて四季おりヽの美花、絶ゆる間なし。岩亀楼の家造りは、蜃気楼のごとくにして、あたかも龍界にひとしく、文月の燈籠、葉月の俄踊、もん日ヽの賑ひ目をおどろかし、素見ぞめきは和人・異人打まじりて、昼夜を分ず。娼(おい)妓(らん)道中は綺羅をかざりて。唐物・和物を好みの取りまじへ、さし飾り着かざりたる粧ひ、天女のあまくだりしかと疑がはる。楼上には洋銀(ドル)の花を咲みだしめ、座敷には金銀の宝を蒔きちらせり。かゝる全盛の有様、三都の廓にもおさヽおとるまじとぞ思はる。さればひとたび此廓に遊べるものは、魂有頂天にのぼり、更に家に帰へるを忘るべし。(美那登能波奈横浜奇談文久三年板。)

三、大門はいれば、中の町なり。四季おりヽの花あり。春は桜・山ぶき咲乱れ、夏は花菖蒲、秋は菊・萩・桔梗、冬は水仙るいなり。(横浜ばなし文久三年板。)