迷信花柳界より四民に及ぶ

爾来、本市真金町鎮座の金刀比羅神社は、月次十日の縁日の外に、毎年十一月中の酉日に当る二回乃至三回を当てゝ大鷲神社と共に其大祭を執行し、年々歳々その繁栄を見せて居るが、吉凶を極端に是非し、之を迷信過信するところの花柳狭斜の生活者中に深くも喰ひ入つて、其縁起を尊重する唯一の表象物である熊手は商はれ、軈て此俗習が一般四民に移り、他の縁起物と共に売行の全盛さを見せて居るが、実に花熊手の形体は現代に伝統された旧物中の唯一のものとも言へるのである。

酉の市の日は大鷲神社参詣の為めに、所謂籠の鳥なる娼妓も悉く解放され、或は客と連れ立ち、濃艶な姿を街燈に浮べたものであつたが、是れは明治の中期頃に風俗の取締上から禁止を命ぜられた。格子の内に高く華やかに飾られた積夜具は、人待ち顔に燈映る頃からの人出の波が、更に不夜城の城塞に迫り、其景観を濃く彩つて、神仙の享楽境に浮動するのであり、そして此夜は商家の番頭や丁稚、小僧までも皆、参詣と見物との自由を許さるゝ習慣があつたので、時に脱線的行為に堕つる者も、此夜からの病附が多かつたと云はれる。

猶、本市内には神奈川区反町の遊廓にも金刀比羅神社と鷲神社とが併祀してあり、神奈川九番町(現在神奈川区神奈川通り三丁目)の郷社熊野神社及び鶴見町(現在鶴見区鶴見町上町)の鶴見神社の末社にも大鷲神社があつて、何れも古くから其行事は執行されて、港北、港西の夜の彩りを濃艶なものとして居る。

斯の如く関東独自とも言ふべき年中行事の中におつて、最も派手な而して俗中の迷信を赤裸々に発揮するところの酉の市は、其久しい伝統を今に存続して、我が海港都市の横浜にも、江戸色調を濃厚に漂はして居るのである。