春雨文庫(前記)

(巻尾所載)

亜国の公使某なる者、吉原の娼妓楼木と言へるに恋慕し、迎へて妾となさんとせしを、楼木辞みて応ぜざる故、亜人望みを失ひしが、権勢をもて手に入れんと、窃かに閣老某の侍従に談ずれば、侍従は輙く諾ひて、頓て楼木を抱へ置く妓院の主を召寄せて、速かに亜人の望みに応ずべき旨命ぜしかど、楼木固辞してこれを聴かず、乍ち一首の歌を詠じて、赤き心を述しと云ふ。其歌はかの喜遊の詠歌と一字も違ふ事あらねば、全く同吟なるべきか。又は附会の説なるか、いまだ其確証を知らねども、囚にこれを記せしなり。