横浜市史稿・風俗編
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疑問の点
横浜市史稿・風俗編
花街
廓の諸種相
岩亀楼遊女喜遊の正体
疑問の点
以上の両説を総合して其疑問とする所を挙げれば、左の如くである。
一、姓名に相違ある事 ― 喜佐・春枝・知恵。
一、父名に相違ある事 ― 太田正庵・箕作周庵、又姓は間宮ともある。
一、外国人名に相違ある事 ― 伊留宇須又はアポッ卜。
一、憤死年月に相違ある事 ―
万延元年七月十七日。
文久二年八月二十六日。(過去帳にのみ記す。)
文久三年十月十日。
一、年齢に相違のある事
幕末血史
岩亀楼
烈女
喜遊
には当時二十歳位とある。
温古見聞彙纂には弘化三年生れで、自害の時は十七歳とある。
岩亀楼遊女喜遊の正体
偽作説
喜遊の墓所