取締につき県庁の諮問と領事団の決議

居留地に出没する淫売女は、日本街に於けるものより其数に於ては少数であつたと言はれて居るが、顧客の重なるものは、外国船乗組の水夫、即ちマドロスと呼ぶ下層者が多数を占めて居た事は無論である。従つて彼等淫売女に依つて感染伝播する所の病毒も、蓋し寒心すべきものであつた。遊郭内の娼妓は檢黴の事あれど、彼等には全く是れ無きが為め、其及ぼす害毒は想像に過ぐるものであつた。かゝる弊害病毒を防ぐ為め、県庁にては各国領事に向つて諮間状を発送した所、明治十三年十月二十七日、丁抹国総領事庁に於て、各国領事集合の上、大に防衛の策を講じ、左の如き決議をした。

本港居留地ニ於テ、淫売女蔓延流行シ、為メニ外国ノ船夫及官許ノ娼妓ニ、害患ヲ伝播スル趣ヲ以テ、黴毒病院ノ検査員ヨリ照会ヲ得候ニ付、各国領事ハ誠ニ該妨害ノ重大ナルヲ感覚シ、会議ヲ開キ、左ノ通リ同意決定致シ候。

決議

是ノ集会ハ、居留地内淫売女ニ対シ、至急領事ノ処分ヲ要スルヲ認メシ事。依テ各領事ハ自国合法ノ手段ヲ蓋シ、各自国民ニ関係スル丈ケノ該妨害を禁制スル事ニ用意シテアル事。神奈川県令ハ巡査ニ命ジテ、之ヲ看守セシメ、何レノ公屋或ハ私室ニアリテモ、淫売業ヲ営厶ノ掛念アルトキハ、巡査之ヲ告知シ、而シテ其告知アル卜キハ、県令速ニ其事ヲ犯者ノ領事へ通知アラン事ヲ、各国領事一同 依頼スル趣ヲ以デ、該決議ノ写書ヲ神奈川県令ヘ領事筆頭ヨリ通信スル事。

右之決議及願意ニ御注目ノ上、此不行状ハ公衆ノ健康ニ官憲ヲ醸成スル義ニ付、最モ少クモ若干ノ御所分方御協力相成度、各国領事希望致候。謹言。

丁抹国総領事兼領事筆頭

千八百八十年十月二十七日  イ・デ・バ ヴヰ―ル

神奈川県令野村靖貴下