ちやぶの意義

単にちやぶやと呼ぶ一般的内容は、外国人の飮酒に応ずる酒場である酌人として淫らな売笑婦を置いてある所であるが、この屋字を省いたちやぶの語は、長崎にても用ゐられたもので、実に横浜に於ても開港時から、所謂横浜言葉乃至方言として、広く使用されて居る。即ち食事を指示したもので、昼飯時に正午の時計が鳴り、ドンの号報があると「チヤブだ」「チヤブらう」「チヤブした」などと言つて、「食はう」「食うた」事を意味するに等しい。食卓を今日でも一般に「チヤブ台」と称して居るのも、本来チヤブに胚胎した方言とも見られる。

ちやぶ屋は英語のチョップ・ハウス(Chop house)に其語原を持つて居ると見るのが、最も正しいかと思はれる。「チョップ・ハウス」は現今の所謂簡単なる料理店の事である。簡易食堂であり、安直料理店である。安料理と云ふも、畢竟は銘酒を売り、婦女を酌人としたもので、此店が秘密にもぐり的の売笑をした結果、主として外国人居留地に働く人々や、殊にもぐりと連絡交渉の多い仲介者である。リキシャマン即ち人力車夫乃至下屠者が、聞き覚えの耳語に当嵌めて、「チョップ・ハウス」から「チヤブヤ」に転じた。此「ヤ」其ものは、蓋し横浜言葉として特異の情想を含んだもので、「何々ハウス」「何々ショップ」「何々ストーア」の如きは省略され、すべて邦語で言ふ「何々や」で通ずるが如く、「ヤ」は則ちハウス、ショップ、ストーアの略語として一般化し、伝承され来つたものと思はれる。